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がっかりする

思考メモ

がっかりする思想を見て、がっかりした訳なのですが

そんな風にがっかりしている私をみてがっかりする人がいる、もしくはがっかりしている私はがっかりした人と同じようにがっかりしているだけだということを言われた。

 

確かにそうなのですが、どうしてもがっかりしてしまう気持ちは、同じだということなのですかね。

 

勝手に絶望したり幻滅したりすることは、期待値に反比例した振り幅で襲ってくるので

信じて多分裏切られた気持ちになるのでしょうか。

信じるのが勝手なら裏切るのも勝手なのでしょうか。

 

それが全て自分の枠内で収まるならいいのでしょうけど、好きができたらアピールしたいし、嫌いになったらアピールしなくてはいけないのが人の気持ちでしょうか?

 

フラットな気持ちで見つめることは、それ自体に興味がないからで、少しでも感情が動くのであれば、言いたい気持ちを抑えることができない環境であれば、どうしても気持ちが発現してしまって、そこにあることになってしまう。

 

好きも嫌いも同じように作用すればいいのに、自分があるからかがっかりする。他人に関係ない自分の気持ちと逆の動きをすることが許せない。

 

じゃあがっかりした人と同じ気持ちになれば、寄り添えば同じがっかりになるのではないか。

 

そのときは、がっかりしている人にがっかりする事に加えて、なぜがっかりしていたかを知り自分の知らないことにたどり着いてがっかりして、こんなことでがっかりしていたのかと思いさらにがっかりすることになるのだろう。