マウンテン

どれだけ

分からんものを分からんまま描くので

同人誌というか漫画全部描くとき全然面白いか分からない。

たまに面白このネームは!と思い作画までいって出来上がると何だろう、面白いか全然分からない。ここでのポイントは「面白くない」ではないとこ。面白くないではなく、話が全然分からないのだ。面白くないってのはありきたりーとか話が胸糞ーとかそういうときに起きるかもしれないけど、分からないのは全く分からない。何を言ってるんだ?

これがだいたいで、全然分からないまま作画へいき、全然分からない本が出来上がると、読んでみて「分かんね〜〜」となって終わる。その後pixivなり何なりで多少いいね!を貰ったりする。そうすると、もしかしたらこの話は面白いんじゃないか…?と思い始める。そうして読み返してみると、あ!!面白いー!これ!えっすごいね私!となる。完だ。

他人からの肯定がないと、面白いかすら分からない…??自己肯定力低すぎない?と、思うかもしれないがたまにあるのだ、これ、面白い!って思って作画中も面白!ってなって出来上がって面白!ってなる話が。というかだいたいそういう話は評価が低い。なんでだ。他人とツボが違うのか?いやいやどんな話も一瞬だけ面白いと思ってるときがあるのだ、それはネームの最中ほんとに最中。基本的にプロットを起こさないので、ネーム中はこれがどんな話になるのか全く分からない。2ページ後には死んでるかもしれないし、喜んでるかもしれない、それはキャラの喋りと私の裁量によるんだけど…。ん?もしかしてプロット起こさないから後半の回収が凄まじいのかもしれない。走り方全然わかってないから後半息切れすんのか。いやーでもプロットある本くそつまんねくなるもの。絵と同時じゃないと…っていう葛藤10年やってる。プロットを起こせ。

そう、話全然分かんないんだけど、これがいつか分かるようになるのかなあ、笑っちゃいますから、読んだ後「ハハッ全然分からん」とな。

この前の出張編集部で、読後に何を思ってもらいたいかでオチをつけるといいって言われて、こう色々考えてたんだけど、私常に裏切りたいんだよ。読者を。えーっこうなんの。ってならせたいからどんでん返しとか大好きでよく組んでしまう。でもそれってクソで、こうなる〜と思いながら読んでる読者を裏切るのは結構胸糞なのではないか、というなスカされた思いになるんじゃないかなーって。邦画みてるとき「これはどういう話なんだろ」て探り探りみる気持ちはよくわかる。確かにテクニックのある裏切りはいいけど、無策の裏切りは良くないよなあと思った。

でもなー実はこうでした!オチ使いすぎてな手馴れていてそれしか無いみたいな状態だから。逆境はネタになるけど順境はネタにならなくない?って感じるのは多分中身のエピソードに自信が無いからだよなあ。ラストで全部回収しようと思ってるフチ。実はこうでした。良く無い。

何が好かれるんだろうか分からなくて、色々試したいと思ってるけど、ネタもなく、もんもんとして、ほんとーにマジで誰も「分からない」話を作りそう。というか分からないはつまらないだから、ほとんど。