そうして人間

こよなく愛する術もなく

なにも信じろ

何も考えてることによってしあわせが、

理由なく訪れることはなく、自分から動いて初めて世界が回るのだと思う。

このところ何にも出来てなくて、ただただ時間が早く過ぎればいいと思ってる。不安なことのない日は漠然としあわせで、このまま閉じても構わないと思う。

そういえば名古屋コミティアなに書こうかなって考えてることが割と幸せで、形のないモヤモヤとした創作を持ち続けている。その後腐って、何も残らないことがよくある。

何をしたいなあとか何が出来るなあとか深く真剣に考えていた年頃はもう過ぎてしまって、いまはただ祈りながら毎日何事もなく暮らしている。些細なことから絶望的に悩むことまで、同じことを繰り返しながら、自分が何を信じていたのか忘れてしまった。時間だけは私に寄り添って、一番近くで見守っている。

これから先、体が思うように動かなくなったり、自分がコントロールできなくなったり、どんどん嫌な人間になっていくと思う。それでも自我があるうちは苦しんで、辛いと思ってゆるやかに死んでいくのだと思う。いつ自分が死ぬのかわからないけど、私は無くしても気付かないと思う。